第10回 パラグライディングの安全を議論する前提

パラグライデイングの安全とは、その議論の前提とされるべき真実とは何かについて

パラグライデイングの安全を議論する前提として、機体のこと、人為的に為しうる操作のことなど、基本常識と呼ばれる事柄が、パラグライデイングにかかわる方々の大方の承認の得られる認識として取りまとめられていることが必要なのに、それが、なされていない現状であることは、残念なことであると思います。

議論の前提としての真実は、客観的に理解でき、合理的であることを必要とします。例えば第5回で取り上げたバーテイカルスピン現象の説明の中に、「潰れた翼は回復して、真下に向って旋回しながら滑空している状態」(5月号)との記述があります。他の航空機とは異なりパラグライダーについては、質量の異なる人と翼が、引き合って翼形を保ち,翼形を保つことによって重力と引き合う揚力を得、滑空が可能となる関係にあると考えられるため、真下に向って滑空するという表現には、何か奇異に感じます。そしてパラグライダーは、翼と人の位置関係として人が下に、翼が上にある状態で、翼形を保つと考えられるので、人と翼が、水平な位置関係にあって滑空している、という状態についても、何故そのような状態が起こり得るかについて、説明が必要な印象を受けます。降下速度が加速的に増したというのは、単に重力のためとも考えられます。体積が異なる翼と人が同じ速度で降下する状態というのは、なかなか考えにくい状況だからです。私なりに西ヶ谷氏が体験したとされている異常飛行状態を説明すると、次のようになります。高度2000メートル以上の上空で、右側の翼が半分ほど潰れ、体が45度傾き、機体は右側にローリングし、翼が前に走り、急旋回が始まり、旋回の動きについていけず、ライザーが2回ツイストし、加速的に垂直降下した……ということになります。第6回で取り上げた一フライヤーさんの体験談と対比して検討すると、西ケ谷氏の場合は、使用機体が、片翼潰れにより、急旋回が起こりやすい高性能機だったか、飛行速度(対地速度)が速かったのが原因ではないかと考えられます。機体の特性や高速が原因ではないとするのであれば、その理由と根拠が示されるべきでしょう。またパラグライダーにもバーテイカルスピン現象があり得るとするのであれば、軟体翼との関係を検討すべきでしょう。その部分が欠落していますよね?そして、両氏〔西ケ谷氏と小野寺氏〕が、この状態から、どうやって回復したかというと、小野寺氏は、偶然にサーマルに入って外力の助けを得て脱出したと説明し、西ヶ谷氏は、ライザーのツイストを解き、旋回を止め、翼の真下に入って、頭上の翼を加速して、通常飛行に戻ったということになっています。西ヶ谷氏の使用機体は明らかにされていませんが、片翼の潰れから急旋回が始まり、その旋回の動きについていけない程度に旋回が速かったことは明らかにされています。そして両氏共にブレークコードを引いても旋回を止めることができない状態であったことも明らかにされています。これは第1の回復操作が不能な場合と考えられますよね?第2の回復操作なら可能なんでしょうか?第2の回復操作と呼ばれるものは、機体が、行き着くところまで行かせるというのですから、事実行為としては,如何なる場合でも可能ですよね?地面に衝突しない限りは。そして機体の動きが収まって来て統御可能になったら振り子運動を利用して翼の真下に入る、そして完全には旋回が止まらない間に旋回する力を利用して加速して,頭上の翼を回復する、というわけですから、実は第2の回復操作と、とても似ています。それはともかく、バーテイカルスピン現象として議論されているケースは、第1の回復操作ができない場合のことですよね?すると、回復操作不能という答えを回避する目的で、提唱されているのではないかとの疑問が生じますよね?殊に「販売した者」が、使用した者から、旋回が速すぎて第1の回復操作ができないが、どうしたら回復できるのか?との質問の答えとして、バーテイカルスピン現象ですと答える、または第2の回復操作を提唱する、そうすることによって、回復できないとの回答を回避できますから。つまり、片翼潰れの際、旋回の速度が速くなる原因としては、機体の性能と飛行速度(対地速度のこと)が考えられ、機体の性能や飛行速度(対地速度のこと)によっては潰れから回復できない場合があるのに、それを認めないわけです。原因不明の「真下に向って旋回しながら滑空している状態」がパラグライダーにも発生したとして、結局失速が起こっていたとしながら(第5回引用の7月号)、バーテイカルスピン現象が証明されたとか、航空力学で一般的に解説されているバーテイカルスピンであるとして,原因不明の現象であると結論付ける訳です。 そういうことを許していてはいけない訳で、事実とは、体験者や、目撃者の証言どおりを信じるのではなく、合理的でない部分を検討し補充訂正する作業が必要で、起こった事実を合理的に検討し取捨選択し、モデル化する行為があって始めて正確に再現できるものなので、パラグライデイングの安全のためには、そういう合理的な基本的な判断モデルが必要不可欠で、それを作成する作業が現在急務であると、最後に重ねて強調したい次第です。



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